2023年1月18日水曜日

最後の裁きの証

また、死んでいた者が、大いなる者も小さき者も共に、御座の前に立っているのが見えた。かずかずの書物が開かれたが、もう一つの書物が開かれた。これはいのちの書であった。死人はそのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた。

(新約聖書 ヨハネの黙示録20章12節)

すべての人は、裁きを受けるために神の御前に立つことを証します。

この聖句やイエス・キリストの喜びのメッセージについて詳しくお知りになりたい方は、末日聖徒イエス・キリスト教会の宣教師にお聞きください。

2023年1月11日水曜日

父の心と子供たちの心を互いに向けさせる証

見よ、主の大いなる恐るべき日が来る前に、わたしは預言者エリヤをあなたがたにつかわす。彼は父の心をその子供たちに向けさせ、子供たちの心をその父に向けさせる。これはわたしが来て、のろいをもってこの国を撃つことのないようにするためである」。
(旧約聖書 マラキ書4章5-6節)

エリヤは、父の心と子供たちの心を互いに向けさせることを証します。

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2023年1月4日水曜日

結婚の新しくかつ永遠の聖約の証

日の栄えの栄光には、三つの天、すなわち三つの階級がある。その最高の階級を得るためには、人はこの神権の位(すなわち、結婚の新しくかつ永遠の聖約)に入らなければならない。そうしなければ、その人はそれを得ることができない。その人は他の階級に入ることはできるが、それは彼の王国の終わりであって、その人は増し加えることができないのである。
(教義と聖約131章1-4節)

日の栄えの最高の階級を得るためには結婚の新しくかつ永遠の聖約に入る必要があることを証します。

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2022年12月28日水曜日

慈愛の証

慈愛は長く堪え忍び、親切であり、ねたまず、誇らず、自分の利益を求めず、容易に怒らず、悪事を少しも考えず、罪悪を喜ばないで真実を喜び、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。しかし、この慈愛はキリストの純粋な愛であって、とこしえに続く。そして、終わりの日にこの慈愛を持っていると認められる人は、幸いである。したがって、わたしの愛する同胞よ、あなたがたは、御父が御子イエス・キリストに真に従う者すべてに授けられたこの愛で満たされるように、また神の子となれるように、熱意を込めて御父に祈りなさい。また、御子が御自身を現されるときに、わたしたちはありのままの御姿の御子にまみえるので、御子に似た者となれるように、またわたしたちがこの希望を持てるように、さらにわたしたちが清められて清い御子と同じようになれるよう、熱意を込めて御父に祈りなさい。アーメン。」
(モルモン書 モロナイ書7章45,47-48節)

慈愛はキリストの純粋な愛であることを証します。

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2022年12月21日水曜日

福音が死者に宣べ伝えられる証

死人にさえ福音が宣べ伝えられたのは、彼らは肉においては人間としてさばきを受けるが、霊においては神に従って生きるようになるためである。

(新約聖書 ペテロの第一の手紙4章6節)

死者に対しても福音は宣べ伝えられることを証します。

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2022年12月14日水曜日

什分の一の証

人は神の物を盗むことをするだろうか。しかしあなたがたは、わたしの物を盗んでいる。あなたがたはまた『どうしてわれわれは、あなたの物を盗んでいるのか』と言う。十分の一と、ささげ物をもってである。あなたがたは、のろいをもって、のろわれる。あなたがたすべての国民は、わたしの物を盗んでいるからである。わたしの宮に食物のあるように、十分の一全部をわたしの倉に携えてきなさい。これをもってわたしを試み、わたしが天の窓を開いて、あふるる恵みを、あなたがたに注ぐか否かを見なさいと、万軍の主は言われる。

(旧約聖書 マラキ書3章8-10節)

什分の一を納めると祝福が注がれることを証します。

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2022年12月7日水曜日

御父と御子の体の証

御父は人間の体と同じように触れることのできる骨肉の体を持っておられる。御子も同様である。しかし、聖霊は骨肉の体を持たず、霊の御方であられる。もしそうでなければ、聖霊はわたしたちの内にとどまり得ない。人は聖霊を受けることができる。そして、聖霊が人に降られることはあるが、しかし長くとどまられることはない。
(教義と聖約130章22-23節)

御父と御子は骨肉の体を持っておられることを証します。

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